No.26 遺訓第28条 個人と社会をつなぐ『互助』を国民の義務とする憲法改正の必要性  2021年7月4日                        

 

■遺訓第28条                 

道を行ふには尊卑貴賤の差別無し。摘んで言へば、堯舜は天下に王として万機の政事を執り給へども、其の職とする所は教師也。孔夫子は魯国を始め、何方へも用ゐられず、屡々困厄に逢ひ、匹夫にて世を終へ給ひしかども、三千の徒皆な道を行ひし也。

 

□遺訓第28条の解釈  

人の一生は王様でも乞食であっても、誕生➡{少年・壮年・老年}➡消滅をたどるたかだか100年の一過性である。(※0 少→壮→老の人生三毛作) 

西郷のいう「道を行う」とは、その人生において敬天愛人天を敬い人を愛する>を目的とし、克己修身己に克ちて身を修する>を実践する<心象衝動>の死生観・人生論・人物論である。(※1 身心頭の分裂―内面{心象衝動}→外面<言語活動>+(身体行動)

 

尊卑貴賤は、社会的地位・身分の高い者を<尊貴>、低い者を<卑賤>とする世間の評価。官尊民卑や男尊女卑など。社会的地位と評価は<名声・財産・権勢>をめざす意志と能力と偶然に左右される。世間の評価、毀誉褒貶など、まことにうつろいやすい。(※2 生々流転、諸行無常、盛者必衰、満つれば欠ける。不易流行、超越価値と現世価値の二重性、聖俗の表裏一体、・・・

道は天地自然の道遺訓第21条、第24条ほか)だから、社会的地位に関係なく人は誰であっても「道を行う」<克己修練><敬天愛人>の<心象>を育てることができる、と西郷はいう。

人が子供から大人になり、大人から老人になるためには、人はだれでも<教師>に学ばなければならない。(※3 少に学べば壮で為すことあり、壮に学べば老で衰えず、老に学べば死して朽ちず。)

西郷は、教師のモデルを堯舜と孔子とする。

 

堯舜は、古代中国の理想的治世の象徴的な聖王である。<万民の上に位する者>(遺訓第4)の<万機の政事を執る>王様でありながら聖人とされる。(※4権力は腐る、生殺与奪の人事権をふるう横暴な視野狭窄の独善に堕落しやすいものなのに・・・) 

西郷は、堯舜を<王様>という最高の地位にあっても<其の職とする所は教師>という。堯舜は、<知行合一><言行一致>、自分の行動・職分・生き方をもって人々に「道を示す」聖人=教職者=教師なのだから。

いっぽうの孔子は、儒教・儒学の教祖である。その教えの『論語』は今でもひろく読まれている。西郷は、孔子を「匹夫にて世を終えた」という。

匹夫とは、辞書に「身分のいやしい男。道理をわきまえない男」とある。人々から『尊貴』されない社会の底辺に生きる男、エリートならざる野人、一般庶民、大衆である。

しかし孔子が「道理をわきまえない男」であるはずがない。当時の権力者に認められず、高位高官の地位に就けず、その志を発揮できる地位がなかっただけである。※5遺訓第30条 志を得れば民と之に由り、志を得ざれば独りその道を行う我が道をいく真の個人主義→高士)

孔子は、社会的地のひくい<匹夫>といえども聖人・教師として後世にその名をのこす。

 

人は<子供から大人になり、社会生活をおくり、年をとって老人になる100年の有限な人生を生きて逝く。<道を行う>心象=道徳心を涵養するためには学問と教師が必要だ。

■遺訓第21条 道は天地自然の道なるゆゑ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。・・・人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。

故に己れに克ちて、観ず聞かざる所に戒慎するもの也。(※6 超越、神々、畏怖、敬天、生命

遺訓第23条 学に志す者、・・・略・・・堯舜を以て手本とし、孔夫子を教師とせよ。

 

◆論点28.1 堯舜の治世のユートピア  

 古代中国の政治思想は、人間の住む地上の世界全体を天下という。その天下国家論は、自然環境と人々の生活社会の間に<国家>をおく。道徳―政治―生活の関係はつぎのように図式化できる。

※0 天地自然道徳<天帝>―国家政治<天子>―社会生活<人民>

人民の生活を統治する仮想人格者を天上に住む<天帝>とする。天帝は、この世に生きるわけではないから天意を体現する有徳の人物に、政治権力を信託する。その地位の人物を<天子>と称する。(※7 日本の武家政治では天皇が<大政>を幕府の征夷大将軍に委任した

 

この世の最高権力者である天子は、天下に君臨する帝王・君主として、天道・天命・天意に従って政治を行い、天下の人民に<>をひろめる。(※8 君主の帝王学

この世の<天下泰平>と人々の<安心立命>を目標とする<経世済民>の政治である。 

この政治思想を<徳治>とよぶ。トップダウンの王道である。

伝承される歴代の帝王のなかで、堯舜は古代中国の理想的な治世の聖王とされる。堯は帝王の地位を自分の子には継がせず、有徳者のに譲った。

堯と舜は、平和的な政権交代の<禅譲>によって聖王伝説の名をのこす。為政者が私利私欲をもたない徳治<禅譲>の治世こそが、天下泰平の世をもたらすのである。

 

<禅譲>によらない武力放伐による政権交代を<易姓革命>という。<易姓革命>を必要とする悪徳はびこる治世は、天下動乱・戦国の世である。下剋上・ボトムアップの覇道である。※9 権力の正統性と正当性、聖戦思想、丈夫玉砕

 孔子が編集したと伝えられる古聖王の記録である『書経』に堯舜の描写がある。

 

堯は、天下を治めて勲功あり。慎み深くして道理に明るい。言語動作は美しく思慮深い。心身共に安らかである。舜を信頼して礼儀正しく天子の位を譲った

は世界に広く行き渡り、天地間に充満した。広大なを明らかにして親族は互いに親しくなった。百官にその明らかなは及んでいる。百官は物事に明らかである。

天下の諸侯は互いに心を合わせ仲良くしている。百姓の一般庶民も善になり和合し睦み合う。

すなわち天文を司り暦象を正しくする官吏に命じて、大空を観察して、太陽・月・星座の運行を推算し、天を敬って人々に時を授ける(猪飼隆明の訳を参照

 

西郷は、沖永良部の島役人に『与人役大体』あたえた。そこで堯舜の治世を現実に実践する心構えを分かりやすく説明する。

役目と申すものは何様の訳にて相立たれ候か。

0)第一より万人御扱い成され候儀出来させられざる故

1)天子を立てられて万民それぞれの業に安んじ候よう御扱い成され候えとの事 (※10 知足安分

2)天子御一人にて御届け成されざる故、

3)諸侯を御立て成される故、

4)諸有志も御もうけ成され候も、専ら万民の為に候えば

5)役人においては万民の疾苦は自分の疾苦にいたし、万民の歓楽は自分の歓楽といたし、

6)天意を欺かず、其の本に報い奉る処のあるをば良役人と申すことに候。 

7)若し此の天意に背き候ては、即ち天の明罰のがる処なく候えば深く心を用ゆべきことなり。

8)万民の心が即ち天の心なれば民心を一ようにそろえ立つれば 天意に随うと申すものにござ候。

※1 権威・天帝 ☞ 権力{天子・百官 ➡ 諸侯・有志・役人} ☞ 生活{百姓・一般庶民} 

                       <公務員>

◆論点28.2 『敬天愛人』を<国体>とする憲法改正を提案する

『与人役大体』で説明される西郷の政治思想の根幹は、<万民の心を即ち天の心>とする天道思想の『敬天愛人』である。(※11 日本国憲法第15条 公務員は全体の奉仕者である。)

古今東西、政治の目標は<天下泰平―経世済民―知足安分―安心立命>のユートピアをめざす。万民の心は、人それぞれ<安心立命>の境地をめざすからである。

 

21世紀の万国対峙するグローバル社会において、<覇道>をきそいあう米国と中国の抗争など卑しくあさましい<蝸牛角上の争い>(荘子)にすぎない。自由資本主義と国家資本主義、どちらも私益ファーストと国益ファースト、夜郎自大の同じ穴のタヌキじゃないか。

日本国の指導者たる<志>をもつ政治家は、<そんな子供じみたけんかなどやめなさい>とさとす西郷の<王道>・天道思想を世界に発信すべきじゃないか。

忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、万世に亘り宇宙にわたり易ふ可からざるの要道也。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し遺訓第9条)。☞ 超越価値と現世価値の二重性

 

わたしは<忠孝仁愛教化の道>を<天を敬い人を愛する>『敬天愛人』におきかえる。そして『敬天愛人』を日本人の総意たる<国体>として宣言し、国家システムの統治機構を<自治―法治―徳治>の三治体制とすべく憲法改正を提案する。

自治共政・地方議院 ☞ 法治国政・衆議院  ☜ 徳治大政・憲法議院

(参照☞ No.18 遺訓第20条 「共政―国政―大政」三次元民主政治システム構想)ほか

 

個人―国家―自然を枠組みとする<三治体制>のキーワード:

1)個人―生活経済自治共政 安心立命立法 <家族・仲間> 身:生身人情愛隣 互助

2)国家―権力政治法治国政 経世済民行政 <国家公務員> 頭:制度人権愛民 福祉

3)自然―権威道徳徳治大政 天下泰平司法 <天皇・賢人> 心:共感人道愛人 祈り

 

自治共政

国家に過度に依存することなく家族・仲間・帰属集団・コミュニティを維持する。人情・相互扶助・互恵を基盤とする<村社会>、江戸時代の<結講座>をネット社会において再生する。

領土社会の国家に閉じることなく国境を横断してグローバルな地域連携をめざす。<地方議院>を設置して『地方自治の本旨』を憲法で明確に規定する。

法治国政

税金を原資とする<公共事業>を<公>事業と<共>事業に仕分けする。<公>事業だけを国家の官営とし、<共>事業は自治共政のNPO等の中間集団に移譲。

徳治大政

領土の外側の視点・第三者目線で国内に閉じた<法治>権力の限界と道義性を監視する。主権国家が万国対峙する外交と軍事に<敬天愛人>の精神をかかげる。参議院を廃止、良識の府の<憲法議院>を設置し、『国権の最高機関の本旨』を憲法で明確に規定する。

 

憲法改正私案(一部)  

11 改正案 社会的相互承認 間主観性

この憲法は、基本的人権を抑圧してきた国家権力の歴史を反省し、国家がすべての国民の基本的人権を尊重することを憲法によって保障する。基本的人権とは、何人も生まれながらにして生命の維持、自由、安全、幸福、安心立命を追求する個人の生理能力社会的相互承認をいう。

 

12 改正案 社会生活の相互扶助  公共の福祉=公助+共助

何人も、社会生活において、他者の基本的人権を侵害する自由と権利を有しない。国家は、基本的人権を行使する国民の相互扶助を支援する義務を負う。

 

13 改正案 基本的人権の制限 社会的関係性 教育・勤労・納税プラス相互扶助の義務

何人も、<天を敬い人を愛する>相互扶助を義務とする社会的関係性として尊重される。社会生活における国民の基本的人権は、法律にもとづいてのみ制限される。

 

西郷の『敬天愛人』と憲法の『自由人権』の対比

『南洲翁遺訓』 トップダウン  ●自然中心(地球生態系) 人情

<八百万の神々>→ 天下泰平 → 徳治国家 → 相互扶助 →知足安分 → 安心立命

【日本国憲法】  ボトムアップ ●個人中心(自立主体性)  人権      ↓【近代革命】

 <世界人権宣言> ←世界平和 法治国家 ← 民主主義 ← 自由人権 ← 個人主義

 

憲法改正のポイント ☞ 近代革命の再革命 ☞ <共>と<天>の復権

ボトムアップの自治とトップダウンの徳治により、<人権―国権>の自由を原理とする法治国家の機能縮減・機構簡素化・権限移譲・民権強化・義理人情の文明開化。

 

2020年に始まる未知の感染症対策において、相互扶助のココロ、繋がり>を政策課題として議論されることはない。<共>の不在。人智のおよばぬ自然を畏怖するアタマ、祈り>の祀りごともない。<天>の不在。法治国家をささえる道義精神が融解している。

 

人生論と死生観なき自由主義・資本主義・民主主義がもたらす現代社会の幼児化症候群。憲法改正をめざして<革命思想>を妄想する学者ならざる凡庸な同志を募ります!

 

以上  No.25    No.27