15.遺訓第13条 借金1千兆円超の国家財政をどうするか    2019220

 

遺訓第13条

租税を薄くして民を裕にするは、即ち国力を養成する也。故に国家多端にして財用の足らざるを苦むとも、租税の定制を確守し、上を損じて下を虐たげぬもの也。

能く古今の事跡を見よ。

道の明かならざる世にして、財用の不足を苦む時は、必ず曲知小慧の俗吏を用ゐ巧みに収斂して一時の欠乏に給するを、理材に長ぜる良臣となし、手段を以て苛酷に民を虐たげるゆゑ、人民は苦悩に堪へ兼ね、聚斂を逃んと、自然詐欺狡猾に趣き、上下互に欺き、官民敵讐と成り、終に分崩離斥に至るにあらずや。

 

遺訓第14

会計出納は制度の由って立つ所ろ、百般の事業皆是れより生じ、経綸中の枢要なれば、慎まずはならぬ也。其の大体を申さば、入るを量りて出るを制するの外更に他の術数無し。

 一歳の入るを以て百般の制限を定め、会計を総理する者身を以て制を守り、定制を超過せしむ可からず。

否らずして時勢に制せられ、制限をみだりにし、出るを見て入るを計りなば、民の膏血を絞るの外有るまじき也。然らばたとい事業は一旦進歩する如く見ゆるとも、国力疲弊して済救す可からず。

   

□遺訓第13条と第14条の解釈 

ここの論点は、国家の出納会計と税制を主題とする租税の軽/重、②人民生活の裕/貧、③国力の強/弊の関係である。

道の明かならざる世 ~出るを見て入るを計り

入る」、民の膏血 制限のない事業、曲知小慧の俗吏 「出る」、上益下損

租税の過酷 人民生活の貧 ③国力の疲弊 

上下、官民の敵讐、分崩離斥して社会の混乱、国家の崩壊にいたる。 

※道を明らかにする世 ~入るを量りて出るを制する

入る」、民の生活 「敬天愛人」の賢臣百般の事業  「出る」、上損下益

 租税の軽減 ➡②人民生活の裕 ③国力の充実 

上下、官民の信頼関係、仁愛の相互扶助、天下泰平の世になる。

 

遺訓第13条の主意は、「上を損じて、下を益すれば、民悦びて限り無し(『易教』)」の「上損下益」である。遺訓第14条の主意は、「入るを量りて出るを制する」の「国政制限である。

この主意を実現する政治思想が、西郷の「敬天愛人」である。その骨格は、遺訓第1条から第10条で示される。

西郷の政治思想は、領地内の人間を「君―臣―民」に配置する封建制度の延長にある。君臣の道義心を忠孝仁愛とする。税収の経済基盤を土地産物と百姓の農業労働とする。

この西郷思想は、あきらかに現代の政治経済思想からはほど遠い。

 

現代の税収基盤は、農本主義の土地ではなく、資本主義経済市場における価値交換を媒介する貨幣循環の経済活動である。その主体は、個人消費と法人企業である。

資本主義の根本精神は、正邪の道義よりも損得の功利を価値基準とする拝金主義といえる。

では2019年の国家予算案にみられる日本の国家財政は、どのような状況にあるか。

その国家財政をになう「理材に長ぜる良臣」の思想は、つぎのように図式化できる。

社会保障費等増大税収増が必要国債発行・金融緩和・財政出動景気高揚税収増

西郷が生きた明治維新から150年をへた現在、西郷思想の現代的意義をどのように解釈すべきか。

 

◆論点13.1 「入るを量りて出るを制する」ことなき財政状況 ~借金1千兆円超 

1)国民の三大義務

 日本国憲法は、第26条「教育の義務」、第27条「勤労の義務」、第30条「納税の義務」を定める。国家は、国民にたいして「子どもが大人になって、仕事ができて、税金を納める能力をもてるように、親は子どもを教育すべし」と命令しているのである。

納税は、国民の三大義務のひとつであり、社会と国家を連結する政治の本道である。税金は、社会と国家の間、国民と公務員の間を「徴税」と「還税」によって貫流する。

 

◇国民の納税 ➡ 徴税{歳入*公務員*歳出}公共事業 福利国民への還税

※国民の納税義務にみあう「還税権」を明文化して、国民の政治参加意識を養成する制度を制定すべきではないか。 ➡ 業界利権団体の既得権益の温存を排除するしくみと連動。

 

2)租税法律主義、議会の予算承認権

日本史における租税制度の確立は、古墳時代の大王が天皇になって古代天皇制国家が完成する白鳳時代の大宝律令とされる。その内容は、貨幣経済が未発達な時代の「租庸調」を基本とする。貨幣経済が発達した現代では、もっぱら金納である。

君主制、貴族政、封建制などの時代にあっては、西郷のいう「財用の不足を苦む時は、必ず曲知小慧の俗吏を用ゐ巧みに収斂して一時の欠乏に給するを、理材に長ぜる良臣となし、手段を以て苛酷に民を虐たげる」事跡は、古今東西の歴史の常識である。

この問題解決の政治思想が、儒教の徳治主義であるが、それは為政者の恣意に依存する根本的な欠陥をもつ。

そこで現代の民主主義国家では、国家権力者の私欲の恣意性を排除する「租税法律主義」を基本とする。日本国憲法は、国家の会計出納の財政についてつぎのように規定する。

83条 国会の議決

 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。

84条 租税法律主義

 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

 

3)2019年度の国家財政予算案 ~借金頼みの財政運営

国会で審議して決定する国家予算は、政府が閣議決定した予算案を前提とする。2019年度の一般会計の予算案総額は1014564億円である。戦後の当初予算としては初の100兆円を超えた。

●歳入

歳入は、税収を624950億円と見積もる。新規国債発行額326598億円(建設国債69520億円、赤字国債257078億円)。その他収入は63016億円。

◇税収の内訳

 所得税19.5%、消費税18.0%、法人税12.5%、その他10.6%(揮発油、相続、酒、印紙、関税など)

◇法人税の課税対象事業は34種類の収益事業~「公益事業」は非課税 「みなし法人税」あり

 物品販売業 不動産販売業 金銭貸付業 物品貸付業 不動産貸付業 製造業 通信業 運送業

 倉庫業 請負業 印刷業 出版業 写真業 席貸業 旅館業 料理店業その他の飲食店業 周旋業

 代理業 仲立業 問屋業 鉱業 土石採取業 浴場業 理容業 美容業 興行業 遊技所業

 人材派遣業 遊覧所業 医療保健業 一定の技芸教授業等 駐車場業 信用保証業

無体財産権の提供等を行う事業

◇国債保有者の内訳

銀行などの金融機関―約40%、保険・年金私企業―約24%、公的年金機関―約10%、

投信など金融仲介機関―約5%、個人保有は約4.5%

●歳出

社会保障費34.1%、国債償還利払い費23.5%、公共事業等17.0%、

地方交付税16.0%、文教・科学振興5.6%、防衛5.3

◇社会保障費の内訳

 医療35.8%、年金35.8%、介護9.4%、福祉・その他18.9%  保険料への上乗せ負担

◇歳出勘定の内訳 ・・・・・この統計データの所在は、わたしには不明

 公務員の人件費+国内事業者等への支出+外国への支出(海外援助など)

「還税」 ・・・・・公共事業、公益事業、救済事業など

 事業者への支出目的=物品等購入+事業委託+助成補助+その他現金給付

※財界・業界団体、公益法人等、諸団体、NPO、国民などの「還税」政治活動 利権集団

 

●財政収支

借金で歳出をどれだけ賄っているかを表す国債依存度は、32.2%

◇税収で国債費を除く政策経費をどれだけ賄えるかを示す基礎的財政収支(プライマリーバランス)は、91516億円の赤字!

◇政府は毎年借金を重ね、国と地方の借金合計は1100兆円超、GDP550兆円)の2倍!

◇直近の6年間でGDPの伸びは、約60兆円。赤字の借金の伸びは、約175兆円!

毎年の赤字と巨額な債務残高は、国際的に見ても先進各国の中で最悪レベル!

※「入るを量りて出るを制する」ことなき財政状況 ➡ 「曲知小慧の俗吏」か?!

 

●一般会計と特別会計 

国の会計は、国の施策を年度ごとに管理する「一般会計」と特定の事業の運用状況を明確にする「特別会計」の二本立て。 

平成29 年度当初予算の一般会計と全特別会計を単純に合計した総額ベースで見た国全体の財政規模は、歳入が493.1 兆円、歳出が490.9 兆円。

会計間相互の重複計上額及び国債の借換額を除いた純計ベースで見た国の財政規模は、歳入が240.2 兆円、歳出が240.5 兆円。一般会計の約2.5倍!!

◇特別会計一覧(平成30年度)

・交付税及び譲与税配付金 ・外国為替資金 ・財政投融資 ・エネルギー対策 ・食料安定供給

・労働保険 ・年金 ・国有林野事業 ・自動車安全 ・東日本大震災復興 ・地震再保険 ・国債整理基金

◇国家財政の硬直化

歳出純計額240.5 兆円のうち、国債の償還・利払い等に充てられる国債費、社会保障関係費、地方交付金、この3っの経費で全体の約8 割を占める。

政府予算の大部分は使い道が決まっている。新しい政策的経費には予算がなかなか回らない仕組みになっている。 ➡ 国力の疲弊

 

※特別会計制度の弊害

特別会計制度は、所管省庁の利権確保の手段、埋蔵金の秘匿、特殊法人等への天下り、「還税」をもとめる財界や利権業者との癒着などなど、おおくの問題点が、たびたび指摘されている。

2003年当時の塩川正十郎財務相が「一般会計の母屋は火の車でおかゆを食べている。それなのに特別会計の離れ座敷では、すき焼きを食べている」という意味の発言をした。

 

●国力―国内総生産(GDP)―経済思想

GDPGross Domestic Product)は、国内市場における一定期間の財やサービスの経済取引(中間取引を排除した付加価値)を、¥通貨に換算した集計金額。

計算期間内で家庭・企業・政府・および外国が、市場において最終財・サービスを買い取ったときに支払ったそれぞれの金額=消費支出・投資支出・政府支出・貿易収支(輸出 輸入)の合計額に等しい。2010年代の日本のGDPは、500兆円から550兆円前後である。

 

企業の生産活動に必要な支出には、原材料、機械設備等、必要資材、地代、利子、賃借料などの原価と人件費=役員報酬+従業員の賃金給与がある。

売上―支出=粗利益にもとづいて税金や保険料などの公租公課を国家に納める。

粗利益―公租公課=企業の純利益=株主配当+利益剰余金(内部留保)となる。

利益剰余金は、バランスシート(BS)の「純資産の部」に記載される自己資本の一部となる。その金額は、現預金、有価証券、土地、償却資産などの資産価値の合計である。

 

この賃金―❷税金―配当金―内部留保の配分率こそが、国家経営思想のおおきな争点となる。  自由・資本主義国家思想/福祉・社会主義国家思想

 

◆論点13.2 憲法改正をともなう国家統治機構の再設計の必要性 

 大日本帝国の天皇制をひっくりかえした戦後憲法のもとで70年。

国家の財政状況は、グローバル資本主義の過酷な競争における企業優遇支援の財政支出、拡大する貧富格差と高齢化による社会保障の財政支出、中央集権体制を維持する地方交付金の財政支出、自然災害対応の財政支出、そして日米安保条約の防衛負担強化の財政支出、これらの拡大によって日本の国力は衰退にむかっているようにみえる。

この事態に、だれが、どのような視点から、どのように対応すべきなのか

 

さまざま意見や分析や提言など、素人から専門家まで玉石混交、多様な主義主張、ことなる思想と理論と学説など、世上にあふれかえっている。

 問題は、それらの「民意」「見識」「提言」などが、どのように政治に反映されているかである。

※社会と国家をつなぐ「情報と税金」の通路、「納税と還税」の対応、それらを可視化する政治システム、その根幹の日本国憲法こそが問われなければならない。

 

1)日本国憲法 国民(人権)―公共の福祉―公務員(国権)

 前文:国会議員 ~国民の代表者

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動する。

 第13条:個人の尊重 ~基本的人権

国民は、公共の福祉に反しない限り、その権利は国政の上で最大限に尊重される。

15条:公務員 ~公共の福祉

国民は、公務員を選定及び罷免する・・・・・公務員は、全体の奉仕者である。

41条:立法府 ~衆議院と参議院

 国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。

 

2)国政の政策立案はどこで為されるか ~選挙でえらばれない有識者たち

 日本国憲法をすなおに読めば、国政の責任者は立法府の国会議員であるはずである。国家の最高権力を行使する国会議員には、国家経営にかんする最高の見識と専門性が求められるはずである。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の複雑きわまる人間社会の活動を、法律によって人為的に統治する国家経営には、長期的・総合的・戦略的な知性が必須のはずである。

ところが現実の衆議院と参議院の国会議員による国会審議状況はいかがなものか。

 

たとえば201910月の消費増税にかかわる軽減税率の政策、消費の落ち込みを防ぐために2280億円を使う政策(キャッシュレス決済のポイント還元、特定世帯へのプレミアム付き商品券、公共事業の防災・減災対策など)は、実質的にはどこで政策立案されたのか。

それは、立法府ではなくて行政府が諮問する有識者会議―財界、学界、関係団体、学識経験者、関係行政機関の元職員やマスコミ関係者等、国民の選挙でえらばれたわけではない人物たちが招集される会議なのだ。

もちろん「曲学阿世」「阿諛追従」の提灯もち、権力追従の有識者だけではないことは、あきらかではあるが、主権在民の民主主義の正道からはずれていることは明白ではないのか。

 

◇経済財政諮問会議

内閣府に設置されている「重要政策に関する会議」のひとつ。経済運営、財政運営の基本方針や「骨太の方針」という予算編成の基本的な考え方を政府に提示する諮問会議。

◇財政制度等審議会

公債政策、財政硬直化対策など基本的な財政制度や各年度の予算のあり方などについて、財務大臣に重要な勧告や提言をおこなう諮問機関。

◇政府税制調査会 

租税制度に関する基本的事項を調査審議し、内閣総理大臣の諮問にたいして答申する内閣府に設置される審議会。政党の政務調査活動としての税制調査会とは区別される。

◇その他の省庁が設置する審議会等多数 

 

立法府の形骸化官邸と行政権力の肥大化という状況は、主権在民―立憲民主主義のまっとうな政治システムといえるのか。

※審議会を集約して行政権力から独立した「国立シンクタンク機関」設置を提案する。

 

3)憲法改正をともなう国家統治機構の再設計の必要性

 憲法は、国家経営の最高の権威である。現在の国政だけでなく未来の子孫の時代までも拘束する国家経営の根幹規範である。

日本国憲法は、国家権力の集中を回避するために、立法―行政-司法の三権分立の権力均衡とする。国家意思の総合的な公平性のために、衆議院と参議院の二院制とする。国家の統治機構を中央政府とはべつに地方自治をさだめる分権体制とする。

ところが現実には、三権分立は形骸化しつつある。

内閣による恣意的な解釈改憲を規制する機構が不在である。首相の恣意的な解散権を封じる機構が不在である。「憲法の番人」の不在といえる。

戦前の貴族院(上院)をひきついだ参議院には、もはや存在意義はないのではないか。財源と権限にギャップがある地方自治の統治機構を現状のまま放置しておいてよろしいのか。

「憲法番人不在」と「地方自治不在」を抜本的に問いなおすべきではないか。

 

ここであらためて主権在民の政治プロセスをつぎのように図式化して確認しよう。

※国民の要求 ➡{政策立案*立法行政・予算執行+司法・裁判} 国民の評価

21世紀の国家経営の「政策立案*立法」は、ローカル/ナショナル/グローバルの視野にたたねばならない。

 日本にかぎらず先進国の米英仏独などにおいても、「民主主義の危機」がさけばれている。

自由と人権と民主主義を「人類の普遍的価値」と標榜する民主主義国家が、中国の共産党独裁国家体制を非難する資格があるのか。

 

インターネット技術とAI(人工知能)技術は、国民の「要求*評価」と「政策立案*立法」とのコミュニケーション環境を劇的に合理化する可能性をひめている。

※憲法改正をともなう国家統治機構の再設計―立憲政治システムの再構築を提案する。

 

◆論点13.3 西郷の政治思想の現代的解釈~君臣民と個人/社会/国家/世界

 西郷の「敬天愛人」思想を、21世紀のあらたな立憲民主政治システムの設計規範とする。

1)上損下益

戊辰戦争の終結のあと、西郷は明治新政府に関与せず、「帰りなんいざ」帰去来辞よろしく鹿児島にもどり、山野の温泉と猟に隠棲した。その心境は、流罪人としての遠島時代に開眼した「獄に在りて天意を知り 官に居て道心を失う」(『漢詩集』)である。

その西郷が明治4年、明治政府のつよい要請をうけて、しぶしぶながら上京して参政するにあたって、太政大臣の岩倉具視に「政府改革意見24カ条」を提出した。

その中につぎの提言がある。

 

世の人心は歓欣して流通するを貴び、大法をもうけて、はなはだしきを制すまでにし、質素節倹などの政令はかならず下すべからず。しかし、政府要路の人びとには質朴をおこなわせ、かならず驕奪の風あらしむべからず。

この提言は、遺訓第4条の「万民の上に位する者」の『滅私奉公』とおなじく、第13条でいう「上損下益」の西郷精神の根幹にほかならない。

西郷の政治思想は、明らかに「お上と下々」を階層化する封建思想である。「すべて公務員は、全体の奉仕者である」(憲法第15)という近代国家の平等思想などではない。

沖永良部に遠島中の西郷は、島の村役人に飢饉にそなえる方策として『社倉趣意書』をあたえた。そこに「百姓は力を労して御奉行を致し、役々は心を労して御奉行を致すは天然の賦付に候」という語句がみえる。

現代の用語では、現場の肉体労働と机上の精神労働の区別に相当するだろう。

 

この区別を政治にあてはめたものが、遺訓第1条から第10条で力説する私欲なき「賢人政治」思想である。

世の人、下々」と「政府要路の人、万人の上に位する者」とを明瞭に階層化する「君―臣―民」の社会思想と国家観である。(遺訓第1条)

天界に住むという天帝は、「君」に天下の人間社会を治めることを命じる。

「君」は、その命をうけて「天道を行い、大政を為す」。

「君」は、心を公平にとり、私心をはさまず、正道を踏み、賢人を選挙し、万民の上に位する「臣」=「公務員」に国家の政治を任せて、つぎのように命じる。

  公務員は、修己治人、滅私奉公、仁愛教化、知行合一の精神を修業すること

  公務員は、下々の民百姓、国民への奉仕者として、政令をおこない職事に勤労すること

  公務員は、経世済民、天下泰平を実現し、下々から信頼され尊敬されるべきこと

 

2)徳治主義 ~堯舜の治世、私欲なき「賢人政治」の理想郷

西郷の「敬天愛人」にもとづく政治思想は、儒教を基本とする神仏老洋の習合である。儒教は、現代の民主主義の世にいたる夜明け前のそのまた以前の封建思想である。

その主張は、政府要路の人びと=公務員は、有徳の君主と賢人でなければならない、世の人を治める為政者は天道と正道をふみ『滅私奉公』と『修己治人』の精神を修養しなければならない、徳によって仁政をほどこさねばならない、という徳治主義である。

 

徳治主義は、高徳の名君が、賢徳の忠臣を登用し、下々の生活を安んじ、天下泰平の世を治める「上損下益」の君主政治である。

の「忠孝仁愛」の徳治の理想郷は、古代中国の堯舜の治世とされる。

その政治構造は、天帝の子=天子・君主・賢臣による徳治と下々の村落共同体による自治という「官・上・徳治/民・下・自治」という二階層である。

徳治主義は、古代ギリシャのプラトンがいう哲人政治の国家思想にちかい。

※国家の政治は、哲学をもった見識の高い道理に通じた少数の賢人によって行なわれるべし。民主政治はポピュリズムの衆愚政治と表裏一体であるのだから。

 

この政治思想は、現代では「エリート主義的政治観」として反発する人がおおい。西洋流の進歩史観を信じる戦後知識人は、ひたすら「君―臣―民」の封建制を全面否定する。

しかし「堯舜の治世」の理想郷は、自然環境をベースとする農本主義、村落共同体の自治思想、老荘の無為天道思想につうじ、近代思想の逆子ともいえる反権力・アナーキズム・コンミューンの雰囲気をもつ、とわたしは解釈する。 

 

3)徳治主義と人治主義への近代思想からの批判 ~道から法へ、人情から人権へ

徳治主義は、国を治める制度よりも支配者の人徳を最重視する。(遺訓第20

徳治主義はひろい意味での人治主義にふくまれる。人治主義は、支配者を権威として、その家族や一族郎党の恣意的な集団の人間関係を国家経営の基本とする。

人治主義にもとづく「私欲悪政/仁愛善政」の対比は、支配者の有徳/悪徳の程度に還元されるしかない。

そして古今東西、国を治める権威者が、いつも恩情と仁愛の徳政をなすことなどありえなかった。

国家の支配者に治められる下々たちの集団も、いつも相互扶助の自治と自制の社会生活をおくるわけではない。

世の中には、さまざまな有象無象の十人十色の人間が住む。善人だけではない。

 

人治主義が、権威主義に表裏一体となることは歴史がおしえる。権威に順応して自己保身をはかる心情は、程度の差こそあれ人々の精神にやどる。忖度・追従政治である。

「官・上・徳治/民・下・自治」という二階層の人治主義による政治には、あきらかに限界と欠陥がある。

西郷がいう上を損じて下を虐たげぬもの也」の「上損下益」と入るを量りて出るを制する」の「事業制限」は、人治主義だけでは実現できない。

そこで近代国家の政治思想は、人治主義を否定して、法律によって政治を行う法治主義を主張する。

現代につづく近代国家とは、つぎの図式が意味する人治から法治への政治革命の歴史的な産物にほかならない。

□前近代 人治 専制的君主制 天帝・天子―国家(君主・群臣)―社会(共同体・農民

□近代化 法治 人道的民主制 自然・地球―国家(憲法・公務員)―社会(法人・個人

 

 法治とは、遺訓第12条で考究した刑罰の罪刑法定主義と第13条・14条に関連した租税法律主義に相当する。

人治から法治への政治革命は、人格的「道」から制度的「法」への権威の次元の変化である。庶民・村落生活者の人情配慮から市民・都市生活者の人権主張への変化でもある。

 したがって、西郷の徳治思想=人治主義は、あきらかに前近代的な時代おくれ、時代錯誤ではないのか。

 

4)西郷精神の現代政治機構への写像

 「君―臣―民」の封建体制においては、下々の総意とお上の恩情の間には通路が存在しなかった。人民の納税義務は、君臣の徴税権だけにとどまる。「還税」の権利は閉ざされていた。税金を還流させる思想ではなかった。

そのながきにわたる封建体制の歴史は、「市民革命」によって打破されて近代の主権国家が誕生した。

義務を強制されるだけだった下々が、権利を所有する「市民」の地位をえて、国家の主権者とみなされる「国民」の資格をもつにいたったのである。

 

現代の主権在民の法治国家の政治思想は、国民が「君」であると同時に「民」でもある自己言及の再帰的に閉じる還流思想である。

「臣」の身分に相当する公務員は、「民」に奉仕する特殊でかつ特権的な国民となる。

※政治とは、自然社会と人為国家を連結する「情報と税金」の通路である。その通路規則を法律で定める。

「政治」をこのように定義する政治思想は、人情・自治社会」と「人権・法治国家」を明確に区別する。 

※自然/生命―個人{集団・社会<==>公務員{憲法・国家}-世界・天下/自然

・君は、国民の総意を言明する憲法に政治的権威の地位をゆずる。

・臣は、政治権力を行使して国民に奉仕する公務員となる。

・民は、主権者である一般国民、少壮老の一生を生きる社会生活者である。

 

主権在民の法治国政システムは、つぎのように図式化できる。

国民の要求政策憲法+立法{行政・公共事業+司法・裁判国民の評価

a.国民の総意が、国家の最高権威の位置につく。(天皇は国民統合の象徴とされる。

b.有徳の君主は、首相・総理大臣におきかわる。

c.君主につかえる賢臣は、国民を代表する公務員におきかわる。

d.下々の民百姓は、国籍が付与されて主権者としての国民となる。

西郷の「天道・正道」は、「憲法・法律」におきかわる。恩情・仁愛の「道」は、公正・公平の「法」に明文化される。

「天道・正道」は、西洋の社会契約説(ルソーなど)が措定する人類至高の価値判断基準の「一般意志」に相当する。現代では「人道」の次元で具体化される世界人権宣言と持続可能な地球環境維持目標によって等価交換される。

そして社会生活における相互扶助の「人情」は、国家権力に保障をもとめる「人権」にとってかわる。個人は、国家に認証されることによってはじめて「人間」として扱われる。

世の人々、庶民、平民は、「個人として尊重」されて国家の「国民」となる。憲法第13条。

「人権」を媒介にして「私:個人主義」と「公:国家主義」を両輪として「共:人情主義」と「天:徳治主義」を排除することが、現代政治思想の特徴である。

※わたしは「共:人情主義」と「天:徳治主義」を政治システムに組み込むことを提案する。

 

5)「敬天愛人」を実践する『三次元民主主義』システムの提案

「自然*生命―{個人―社会―国家}―世界*自然」を枠組みとするグローバル人類社会において、いまや近代思想にもとづく主権国家の統治機能の限界と民主主義政治システムの形骸化が、はっきりしてきた。

・個人(私) 個人の自由と人権主張の過剰、自立市民と孤立庶民の分断

・社会(共) 生活と仕事の分離、都市生活、資本主義競争、相互扶助・生活共同体の崩壊

・国家(公) 行政権力の肥大化、自国第一、軍事大国の世界覇権競争、人種民族の分断

・自然(天) 傲慢な人間中心主義、地球環境の持続可能性への危険、大規模自然災害

 

※民主主義の理念と実態の根本的な乖離・ギャプが、拡大しつつあるのではないか。

ア.国民の総意=国政への要求と評価は、どのように政治に反映されているか?

イ.国民は、国家の主権者であることの自覚と責任感をどのように鍛えているか?

ウ.全体の奉仕者である政治家・公務員は、「滅私奉公」の私心なき人格者といえるか?

オ.国民の総代表である首相・総理大臣は、国家の最高の有徳者・賢哲者といえるか?

カ.憲法は、行政権力の恣意的な憲法解釈を抑制する仕組みをそなえているか?

 

わたしは、これらの問題意識をもって、「明治維新の英雄」されど「明治政府に反旗をかかげた革命家」西郷の政治思想を問いなおす。

西郷の「敬天愛人」思想を、つぎの図式の『三次元民主主義』システムによって実現することを提案する。

※自治共政システム ==> 法治国政システム <== 道義大政システム

 民<敬天*愛隣人>   臣<敬天*愛国民>   君<敬天*愛人類>

 地方自治体の議員と首長    国会議員と高級官僚      憲法議員の憲法番人

 

西郷の「敬天愛人」思想の現代的意義は、グローバル社会であさましくも自国第一主義の国益至上をかかげる主権国家の「法治国政システム」を、ボトムアップ(「国民の総意」)の「自治共政システム」とトップダウン(「憲法番人」)の「道義大政システム」によって挟撃し、国家主権を相対化することにほかならない。

『三次元民主主義』システムの実現は、これまでの因循姑息なレベルの政治常識をこえて、情報コミュニケーション技術(インターネット、クラウド、AI人工知能、ブロックチェーンなど)を徹底して活用する設計能力=革命思想を必要とする。

 

※大政システムの構想

A:民意収集システム ~「国立世論調査機関」を新設する

国民の「要求と評価」を民意データベースとして管理する。

公聴会やパブリックコメントの制度化、国内だけでなく海外からの意見も。

国民の納税意識と還税意識を刺激する多様な機会制度を創出する。

 

B:賢哲公務員風教システム ~国家の指導者を育成する「国立政経塾」を新設する。 

日本列島社会の「君臣民」構造の歴史教育を徹底―史実・学説・思想・偉人伝

国家指導者への帝王学―『修己治人』『滅私奉公』『ノブレス・オブリジェ』

システム思考の認識論―三つの視点即自(自己)*対他(他者)*対自(環境

 

C:憲法議員選挙システム ~憲法改正による憲法議院「憲法番人」の設置

  現行の審議会の委員に相当する人物を「最高賢哲公務員」として国民が選挙する。

 

D:政策立案システム ~「国立シンクタンク機構」を新設する。

 「民意データベース」にもとづき「政事国策RFP」を作成し選挙制度に提供する。

現行の審議会の機能に相当する縦割り各種政策提言を体系的に構造化。

 

E:公務員選挙システム ~憲法改正による統治機構の変革と連動

現行の地方と国家の選挙制度を抜本的に改変する。

被選挙者は、「国家指導者の帝王学」を修学した資格者とする。

被選挙者は、「政事国策RFP」への回答・政策実行案を選挙公約とする。

有権者は、「政事国策RFP」を参照して、政策優先順位を投票する。

有権者は、みずからの優先政策に対応する候補者に投票する。

政策投票と人物投票をミックスする混合選挙制度。投票行動のAI分析。

F:国政実績開示システム ~国民の「要求と評価」の達成度を開示する

  国政の実績を「民意データベース」に連動して政策の進行状況を開示する。

 

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